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株式会社欧州エキスプレス |
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英国鉄道 全路線網羅 された角田昌夫様 久々の鉄道旅行 お話・お写真頂きました。 第9では いろんな食べ物のお話・食堂車やビールなど・・ゆったりした鉄道の旅です。 ●東欧レイルパス1等10日間 ご利用 2006/10/6 〜 10/27 |
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2006年チェコの旅;その9 (文責)角田昌夫 |
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ウィーン周辺の旅 チェコとスロバキアの旅を終えた私たちは、再び出発点のウィーンに戻ることにした。ウィーンには二泊し、アルプスを越えて「グラーツ」を訪問した。
10月24日(火)9時半、2泊したブラチスラバのホテル・ダニューブをチェックアウトする。タクシーで駅へ着いたが、まだ早いので構内のカフェでしばし休憩する。予定していた10時50分の列車が無く、11時半に国際列車がホームに入線した。この路線も、東ヨーロッパ周遊券が有効である。さっそく一等車に乗ったが、やはり車内はガラガラだった。 発車して直ぐに、さっそく隣の食堂車へ行く。今回のメニューは定番のビールとフェットチーネで、妻はケーキを頼む。ここで早々と、パスポート検査がある。スロバキアの検査官は可愛い女性で、オーストリア側の男性検査官はすこぶる愛想が良かった。期待したドナウ川が、なかなか現われない。沿線は大工事中で、スロバキア経済が好況の証拠か。地図を見ると、ウィーンへの路線は北と南の2コースがある。どうやら列車は、南のコースを走っているらしい。スロバキア側最後の駅を過ぎると、やっとドナウ川の長大な鉄橋を渡る。これで、オーストリアへ入ったわけだ。途端に景色が変化して、低平なウィーンの原野を走る。今度は、オースリアの女性車掌さんがきた。列車はウィーンの市街地に入ると、幾つかの線路と合わせたり離れたりして、14時頃にウィーン西駅に着いた。ここはホテルから遠い駅なので、メトロで南駅まで移動する。前回に乗っているので、それほど慌てず無事に南駅に着いた。歩いて「ホテル・プリンツオイゲン」に着き、チェックインをおえた。
「ウィーン南駅です」
部屋で休憩した後で、外出をする。まずウィーン南駅で、妻がお土産を買う。ついで2階のカフェで、ウィンナ・コーヒーを飲む。ついでに駅のキオスクで、朝日新聞のヨーロッパ版を買う。久しぶりに、日本語の活字に出会った。さて夕食は、近所のレストラン「ボヘミアの森」で食べる。ここで、待望の「鱒のムニエル」に出会う。ボヘミア風のスープに、飲み物は定番のチェコビールだ。妻はウィーン名物のカツレツ、「シュニツェル」を注文した。デザートのアイスクリームを追加して、代金が35ユーロ(チップ5ユーロ追加で、約6000円)は日本並みか。ホテルに戻って毛布の追加を頼むと、係りのオジサンが日本語で「ワタシハ、ニホンジンデス」と言った。
「名物のウィンナ・コーヒー。左の手前が、クリームたっぷりのウィーン・メラージュ。右は女王の名前を付けたマリア・テレジア、アルコール入りで不味かった」
10月25日(水)は、ウィーンでフリーな日である。市内見学は止めて、アルプスの麓へ出かけることにした。地図と時刻表を見ると、ウィーン南西部のグラーツへの日帰りが絶好のコースである。本日の列車はオーストリア国内「特急555列車」で、ウィーン南駅を9時57分に出発する。9時15分には駅に着くと、早くも列車が入線していた。今回も東ヨーロッパ周遊券が有効なので、さっそく1等車に乗り込む。列車はウィーンの市街地を抜けると、ひたすら西南に向かって走る。平原の中に点在する町を通過すると、前方にはアルプスに続く丘陵が現われた。10時31分に着いた「ウィーン・ノイシュタット」は、その名前が示すようにウィーンの新郊外都市である。さらに「バーデン」は、モーツアルトが馬車で夫人を訪ねた場所だとか。 平原が尽きると、ライヘナウから列車はアルプスの谷に分け入る。線路は谷に沿ってカーブを描き、次第に高度を増す。両側には、黄色に紅葉した林は続く。ゼメリンクの前後で、列車はトンネルと鉄橋の連続で峠を越えた。11時20分、早めに隣の食堂車へ行く。私は例よって、ビールとポテトの煮込みを。妻はパスタを注文する。11時31分に峠の反対側の中心地、ミュルツシュラークに着いた。ミュルツ川の谷を走る線路は、間もなく11時57分にムール川との合流点「ブルック・アン・デア・ムール」に着いた。川を地名に付けるヨーロッパ流の命名法は、イギリスの「ストラトフォード・アポン・エイボン」に代表される。また「ブルック」は橋を意味して、ザールブリュッケンやインスブルックに例を見る。ここから列車は、ひたすらムール川を遡る。アルプスも、この辺りでは低山地帯となる。両側の山地は、海抜1500メートル程度である。12時34分に、列車は終点「グラーツ」に到着した。
グラーツの駅に降りてビックリしたのは、その駅舎が超近代的なことである。私はヨーロッパの駅をたくさん見てきたが、その合理的な建物にはビックリした。近年の建築は、鉄骨にガラスを嵌め込んだ物が多いようだ。さしずめ日本では、有楽町の東京フォーラムが典型例だ。グラーツ駅のガラス張り駅舎には、様々な店が並んでいた。その品物の多様さには、妻ともども目を見張るばかりであった。ところで、ウィーン出発の時点で、再びデジカメが電池切れを起こしていた。ここでグラーツの立派な駅を、皆さんにお見せ出来ないのが残念である。さてグラーツにも、見所がたくさん在るようだ。普通ならここで市内観光と言うところだが、列車に乗るのが目的の私たちだ。グラーツ滞在1時間弱で、13時24分発の列車でウィーンに戻る。永年二人で旅行している私たちは、以心伝心だ。妻は観光もショッピングも趣味がないので、直ちに引き返すことになったわけだ。妻は、駅のスーパーでミネラル水を買っただけ。列車は、往路を引き返す。峠を越え、谷を渡り走る。所々に単線運転区間があるのは、線路の改良と強化をしているらしい。ウィーンの平原に出ると、西日を浴びて郊外を走る。16時01分、列車はウィーン南駅に到着した。 今回のウィーン・グラーツ間は、私が乗ったヨーロッパの路線でも有数のお勧め区間になった。正に有終の美を飾る、「ウィーン・グラーツ線」の旅であった。 再び駅のキオスクで、朝日新聞ヨーロッパ版を買ってホテルへ戻る。
「ドナウ公園に、ドナウタワーが立っていました」
「ドナウタワーに登ると、眼下にドナウ川が一望できました」
いったんホテルに戻って帰国の荷造りをした後、夕刻ホテルを出てウィーン南駅2階のカフェテリアへ行く。ここはフォーマルなレストランではなく、気軽に飲食が摂れる。ウィンナ・コーヒーから、メインディシュまで種類は多種多彩。私たちお気に入りの場所になった。旅の最後を飾るディナーは、黒ビールにオムレツ。妻はウィーン名物のカツレツと、グリーンサラダを注文する。最期はウィンナ・コーヒーで閉めて、19.90ユーロ(約3000円)を払う。カフェテリアとしては、まあまあの値段であろう。これで22日間の旅が、無事に終了した。明日は、ウィーンから成田へ飛ぶ予定である。 |
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英国鉄道 全路線網羅 された角田昌夫様 久々の鉄道旅行 お話・お写真頂きました。 第8では <ドナウ川 > を主として、途中電池が切れたり、の列車の旅です。 ●東欧レイルパス1等10日間 ご利用 2006/10/6 〜 10/27 |
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2006年 チェコの旅・ その8 (文責)角田昌夫 |
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「朝のオロモウツ駅前には、市電が通ります。背後のビルは、右がホテル・シグマで、中央は多目的ビルです。このビルの最高階には、レストランがありました」
国際列車でスロバキアへ 10月22日(日)朝、いよいよオロモウツを離れる。ホテルのレストランで、最後の朝食を済ます。このホテルで10回目の朝食だが、静かな環境で味わいある朝食であった。8時半にチェックアウトをして、住み慣れた「ホテル・シグマ」とお別れした。今回はスイートルームであったが、一晩で1万円はしなかった。 オロモウツ駅で待つことしばし、列車が到着した。先頭の一等車に乗ったが、今回も車内はガラガラだった。どうやら日曜日には、旅行者の動きがないようだ。9時30分に発車した列車は、ヤロさんとたびたび訪ねた「プジェロフ」に永らく停車した後、モラヴィアの原野を驀進する。列車に寄り添って流れるモラヴィア川に、再会する。妻は飽きたのか、ひたすら居眠りしている。11時12分に、「B?eclav」に着く。ここでブラチスラバ方面に乗り換えるので、早めだがランチにする。初めての駅でレストランの所在も分からないが、幸い駅舎内にあった。メニューは、コーヒーにオムレツ、ポテトのつけ合わせで満腹した。駅舎内のトイレへ入ると、有料トイレである。入り口のオバサンに5コルナ(約25円)払うと、紙を渡してくれた。 さてホームに出ると、2番線から1番線に変わっていた。ちょうど13時に、国際列車「IC571」がやって来た。客車の横にブラチスラバの表示を見て、ホッとした。この列車はプラハを9時40分に出て、ブラチスラバに13時59分に着く予定だ。
「ドナウに注ぐモラーヴァ川です」
「オロモウツを見下ろす丘から
スロバキアに入国する 列車はチェコとオーストリア、スロバキアが接する国境地帯を走る。すぐにチェコのパスポート検査があり、続いてスロバキアの検査官と車掌が来る。忙しくて、トイレへ行く時間もない。スロバキアの風景は、何と無く緑が乏しく乾いた感じがする。気温も高いようだ。13時59分に、列車はブラチスラバ駅に着いた。駅前広場へ出たが、一国の首都にしては狭い。ともかく、タクシーでホテルへ向かう。以前にプラハのタクシーで、高額の代金を払ったことがある。また騙されるのか緊張したが、メーターがちゃんと表示されていた。予約した「ホテル・ダニューブ」は、ドナウ川の岸辺にあるはずだ。タクシーは大統領官邸を横に見て、大通りをホテルへ向かう。別に遠回りをすることも無く、10分で無事にホテルへ着いた。 着いたホテルは、ドナウ川に面した一等地にある豪華なホテルであった。ドレスデンの「メルキュール・ホテル」と共に、旅先から予約してくれた「マックス欧州旅行社」に感謝した次第である。
「ドナウの塔から、上流のチェコ方面を眺める」
ドナウ川を散策する ホテルのチェックインを済ますと、さっそくドナウの散策にでる。ホテルの横に、ドナウに架かる橋があった。橋の取り付きを登ると、車道の脇に、人道が付いていた。私たちは、ドナウ川を歩いて渡ることにした。川幅は500メートルもあろうか、まだ中流のドナウは水を満々と湛えて流れている。対岸は住宅街を中心とした開発が進み、大勢の人々が行き来している。10分もすると、対岸に着いた。橋の上には、巨大な展望塔が立っている。三本の柱の上に丸い展望台があり、その姿から「UF(ユーホー)」と呼ばれている。入場料の5スロバキア・コルナを払い、展望台へのエレベーターに乗る。あっと言う間に展望台に着くと、眼下にドナウの展望が開けた。遥か彼方には、チェコからオーストリアに連なる山々が見える。対岸の丘にはブラチスラバ城が、その洗練された姿を現した。展望台のカフェでコーヒーを飲みながら、暮れなずむドナウの展望を満喫した。
ブラチスラバ城を訪問する ブラチスラバ滞在二日目の10月23日(月)は、市内を散策する。朝食はドナウ川を臨むレストランで、豪華なバイキングであった。ホテルの一角にオーストリア航空の事務所があったので、帰国便の様子を聞く。妻は銀行で、両替をした。さて外へ出て初めは、近くの「サン・マルティン教会」を訪問する。道路の向かいの丘には、昨日ドナウの展望塔から見た「ブラチスラバ城」が聳えている。丘を取り巻く石畳の道を、頂上の城を目指して登る。この道は私道なのか、人家の軒や庭を通る。ゆっくり登ったが息切れを感じた頃、城の門前に出た。振り返ると、眼の前にドナウ川の展望が開けた。対岸遥かに霞むのは、ウィーンへ続く平原だろうか。
「ドナウの橋から、ブラチスラバ城を眺める」
「中央の白い建物が、ホテル・ダニューブです」 城から別のコースを降りると、再びドナウの岸辺に出た。11時とやや早いが、お目当ての船上レストランに入る。幸いオープンしていて、上甲板のテーブルに案内される。まだ客がいないので、お好みの場所を選べる。我々はもちろん、ドナウを見下ろす席に着いた。ともかく、まずビールだ。ドナウの風に吹かれて、グイと呑むビールに至福の時を味わう。12時になったので、食事を注文する。ここで私の大好物、鱒のムニエルにやっと出会う。スープと付け合せのポテトで満腹をする。いったん部屋に戻り、3時にまた外出する。今度はブラチスラバの旧市街をあるく。先日のNHKテレビで紹介された石畳の道を散策する。広場に面した野外カフェで、一休みする。初対面は悪かったブラチスラバだが、時を追って好印象が増したブラチスラバであった。
「ドナウの下流を眺める」
カメラの電池切れ 今回の旅では、初めて「デジタル・カメラ」を携帯した。そのため今までのカメラのように、フィルムをたくさん持って行く手間が省けた。カメラ屋に聞くと、小さなチップで300枚の写真が撮れると言う。ところがうっかりして、「電池切れ」の警告を聞いていなかった。チェコに着いて、パチパチ撮っていたら100枚過ぎで電池切れの警告が出た。予期せぬ事態に呆然としたが、オロモウツのホテル裏へ行って電気屋を探した。一軒目に入ったら、そこは家電屋で『無い!』と言う。店のオバサンが親切に、『向かいのエレクトラへ行け』と言う。どうやら、「エレクトラ」が電気部品らしい。通りの向かいの林の中に、目指すエレクトラがあった。日本製の電池を見せたら、嬉や同じ規格の電池があると言う。なるほどチェコ製だが、形態も電圧も同じである。どうやら、国際規格になっているらしい。次にドイツから帰ってきてヤロさんと再会した時に、また電池切れが起きた。まだ200枚も撮ってないので、ビックリした。ヤロさんの案内でチェコのスーパーで探したら、幸いにも同じ規格の部品があった。この時の支払いは、ユーロで払った。チェコはEU加盟国だが、通貨は基本的には「チェコ・コルナ」である。但しユーロの紙幣は、5ユーロまで受け取ると言う。そしてスロバキアで、250枚でまた電池切れが起きた。旅はもうオーストリアを残すのみなので、今回は電池を買わずに済ませた。ところがオーストリアの「ウイーン・グラーツ間列車の旅」で、素晴しい風景に出会った。この風景を皆さんにお見せ出来ないのが、返す返すも残念である。 |